ダンとジェニファーに訊け というオンライン番組があります。恋とセックスの悩み相談にカジュアルに応えてくれるもので、けっこうキワドい質問が寄せられています。M男にとってはさほど重要ではなさそうだが、普通の男にとっては気になる話題。
Jennifer: カリフォニルニアにお住まいの「ペニスの小さな誰でもないヤツ」から頂いたおたよりです。 質問「親愛なる、ダンとジェニファー。ペニスのサイズは本当に重要なのですか?」 Dan:当たり前だよ! 彼女を喜ばせたいならね。だろ? Jennifer: ええ、そうね(笑) でも、マジメな話、最も重要なのは貴男のモノが彼女のソレに、フィットするかどうかよね。決定的ではないにしろ、それは本当だわ。 Dan: おきのどくだけど、重要だね。 Jennifer: お互いに異なるかたち、深さ、曲がり方など、とにかく両者のかたちとサイズが合うことが大切なの。 Dan: だけど、身体的に合わないことはよくあることで、セックスには他にもっと大切な面があるんだ。 貫通の仕方 とかムードとか。 Jennifer: そうよ、サイズの足りない分は想像力を働かせて、頑張ってね! ・・・と、何となく意訳してみたのですが(かなりテキトー)、英検1級の試験に出そうな、クソまじめな話題のリスニングだと聞き取れないくせに、こういうエッチなトピックだとわりとすんなり頭に入ってくるから不思議だ。
最後にジェニファーが get creative ! と言ってます。これってSMプレイにも当てはまる。セックス以上の快楽をM男が得るためには、イマジネーションの力は不可欠。ペニスのサイズも小道具もあまり重要ではなく、現実の限界を創意工夫でクリアしようとする感性が大切です。そしてそれは女王様とのコラボレーションでもあるわけで、ペニスとヴァギナの接触や貫通はなくても、セックス以上の結びつきや愛の世界を共有できる可能性がある。
M男性には包茎や早漏など、サイズ以外にも深刻なコンプレックスを抱いている人は多いようですが、性交で満足できない、あるいは相手を満足させられない苦しみを、マゾヒズムで解消しているような部分もあるのではないでしょうか。
M的にはペニスに劣等感を持っていたほうがいい。そのほうが、より味わい深い被虐的快楽が待ち受けているような気がしています。
だから、M男にとっては、
ペニスのサイズは重要でない ということが言えると思います。
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[ 2009/07/01 20:24 ]
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CM(2)
SMって「趣味」と言ってもいいものなのか。
一般的には性癖とか性的倒錯とされているように思うのだけど、ライトな感覚できっぱり「趣味」と言えちゃう雰囲気が最近はありそうな気がする。
しかし、趣味としてはいろいろな意味でリスクが大きい。
「Law & Order」というアメリカの人気ドラマで、SMプレイ中に誤って死んだのか故意に殺されたかが微妙な事件が発生した。捜査官は被害者がグッズを購入していたSMショップへ聞き込みに行く。ショップの店員は「顧客のプライバシーを言うつもりはない。偏見が助長されるから」と勇ましいことを言うが、捜査官が被害者はSMプレイ中に死んだことを告げると、その店員は「安全な遊び方を説明したのに!」とショックを受ける。「無駄骨だったな」と捜査官は嫌みな笑いを浮かべる。
視聴率の高い人気ドラマのテーマにSMが登場することには、複雑な思いがよぎる。偏見を助長するぐらいなら、そっとしておいて欲しいんだけど。
刑事ドラマや法廷もので性犯罪はこれまでテーマになりにくかった。レイプ事件は昔からよくあったが、児童ポルノや性的虐待、同性愛を扱うケースは、少し前までは事件自体がクローズアップされることが稀だったし、製作サイドもタブー視していた。しかし、最近の傾向として視聴率がとれると判断したのか、性犯罪そのものをテーマにしたドラマも登場している。
「Law & Order: Criminal Intent」は1990年にファースト・シーズンが放映され、「犯罪心理捜査班」がサブタイトル。容疑者の「心の闇」をえぐり出すような演出が冴え超ロングランヒットになっている。1999年にそのスピンオフとして製作されたのが「Law & Order: Special Victims Unit」で、
性犯罪捜査班 だ。もろに性犯罪に特化した内容で実に見応えがある。こちらも現在9シーズン目を迎え高い視聴率を誇っている。
アメリカでは伝統的な貧困層の凶悪犯罪に加え、富裕層やホワイトカラーの性犯罪が急増し、再犯率も高いことから法改正の動きも活発で社会的関心が高まっている。ドラマで描かれる内容は、ほぼ現代アメリカの社会問題として捉えることができる。経済的な理由や出来心というのでなく、「性的な動機」から起こる性犯罪の多くは、複雑で意味不明な背景もからんで、捜査は難航する。犯人が捕まってもドラマ的なカタルシスや納得感が得られないことも多い。
特に動機や容疑者の性癖にSM的要素が含まれる場合、多少SMに理解があるとは思っている僕が見ていても「??」みたいなこともある。それは捜査官が、いやドラマの製作者や脚本家に、SMというものに対する認識不足や誤解があるためなのかもしれない。性犯罪の中でもSMがらみは、やっぱり「差別」されているような印象なのだ。この分野での「エリート」は児童の性的搾取や児童ポルノ関係。大人同士の趣味の逸脱から発生するSM事件よりは、無力な児童を保護する観点からも優先順位が高いのだと思われる。
最近見た「Law & Order:第9話:勝者の快楽」では、セッションの行き過ぎからプレイパートナーを死なせてしまったケースがあったが、事故なのか故殺なのか、実際にはよくわからない。ドラマの演出としてサディストを悪人に仕上げているようにもとれたが、判断は視聴者に委ねるようなエンディングだった。そういう「アブナい趣味」を持つこと自体が犯罪だとでも言わんばかりに。
昨年日本でも、SM行為の延長で人を死なせてしまったのではないかと思われる事故(事件)が起こっている。
報道 を見る限りでは、どうしても通常のセックスにおける腹上死とは扱いが異なってくる。一般人には理解不能な特殊な快楽は、死と隣合わせだ。
最初からSMは悪趣味というレッテルが貼られている。いい趣味とは言えないのかもしれないけれど、違法ではないし、悪趣味というだけの理由で差別されたり、不法に摘発されることのほうが深刻な問題だと思うのは僕だけだろうか。
わからない人々に差別するなとまでは言いたくはない。無理にわかって欲しいとも思わない。ただ、わかる人たちや、それが好きな人々には、自己責任と合意の上で、きちんとした安全衛生管理のもと、楽しく行って頂きたいと願うのみである。
[ 2009/06/19 11:35 ]
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CM(7)
小柴垣草子 春画のモチーフは男女の営みで、それ自体はアブノーマルではない。挿入の決定的瞬間が静止画として描かれることも多い。
だから日本の春画から顔面騎乗や脚舐めなどのイメージを探すのは困難だ。ほとんどないといっていいかもしれない。
そう思っていたら、
平安時代の脚フェチ画像 を見つけた。
しかもこの絵は実話を素材にしている。
伊勢神宮の巫女(済子内親王)が、警護の任にあった美男武士(平致光)を脚で誘惑し、密通したという事件があった。
皇室にとってこの大スキャンダルは歴史的に抹消されたが、風聞によって後々まで長く伝えられ、鎌倉時代の「十訓抄」にも記された。この事件を描く絵巻が製作されたことも伝わっている。
オリジナルの本絵巻は平安時代末期に描かれたことが分かっているが残っておらず、現在に伝わるのは江戸時代中期の模写である。
こうした絵巻や春画の製作は権力者の特権であり、当時の後白河法皇が発注したとされている。皇室の不祥事を題材にエロティック・アートを描かせる神経はなかなか凄い。一般庶民の感覚では想像もできないが、例えば雅子様と護衛SPの不倫があったとして、それをイメージさせる絵画を政府高官が名のある日本画家に依頼するようなものであろうか。そこまでいかなくても「週間現代」がそんな絵をイラストレイターに描かせるようなことが今の世の中において可能だろうか?
いずれにしても当時のエロティシズムを伝える資料としてこの絵は貴重なものだと思う。陰部の描写もリアルであり、このようなタッチは浮世絵以前の肉筆春画に共通するイメージだ。
女性が男を「足(脚)で誘惑する」という発想や、足へのフェティシズムの起源が平安時代からあったというのは驚きであると同時に、足フェチにとっては嬉しい歴史的な事実ではないだろうか。千年以上も昔にも、女性の足を舐めたい男がいたのである。
男が女性の身体のどの部分に萌えるのか、端的に言うとどこを舐めたいと思うかで、その男のフェチ度や変態性欲のベクトルが明らかになる。
お尻を舐めたいかクンニをしたいか。
足のつま先か、太ももか、
魅惑のデルタ地帯 なのか。
いったいどうして「その場所」でならないといけないのか?
これは文化人類学的に最大の謎である。
どうでもいいか、そんなコト。
[ 2009/06/16 00:28 ]
美術 |
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CM(0)
マゾとか変態は人間様だけの特権だとばかり思っていましたが、
スパンキングされて喜ぶネコ もいるようです。やっぱりドーパミンが分泌されるのでしょうか。
気のせいか、女王様やってる人には猫好きが多いような気もします。
[ 2009/06/12 16:09 ]
雑記 |
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CM(1)
憧れの朝霧リエさんと ラ・シオラの
パーティー は、普通ならば
密室でしかこっそりと会えないはずのドミナ達 と公共の場で交わり、しかもそれが他者の視線にも晒されるという異様な空間でもあった。
実際には面識のない憧れの女王様もすぐそこにいる。
やろうと思えば話しかけることもできた(話しかけませんでしたが... (> <)
しかし、冗談でも
「奴隷にして下さい!」 とは言えそうでもある(言ってみればよかった!)
触れようと思えば触れられる距離感。(触ってません!)
まさに「今そこにある危機」である。
妄想系マゾには刺激が強すぎるんだよ。
そして後から判明したことなのだが、かろうじて僕と面識のあった数少ない女王様達もそろってこのパーティに来ていた。
まずは僕の心の女王様でもある
飛室イヴ さん。そして先月、札幌でご一緒した
山咲美花 さん。昨年
ユリイカ でお会いした
「The 世界の」 夕樹七瀬 ちゃん。
さらに、元ユリイカの花形ミストレスで現在は
モード・エ・バロック のCEOにしてスーパーマイペースS嬢の
みづき桃香 さん。これだけのカリスマ女王様たちが駆けつけるパーティ。面識はないが「
顔面騎乗ファン 」のえいちゃんなど、知る人ぞ知る有名どころががっつり顔をそろえていた模様。
さすがラシオラだべや。 その後僕はみづきさんが来ていたことは知らずにバロックに顔を出した。そんな偶然もあって、久々にお会いしたみづきさんとは楽しいひと時をご一緒させて頂いた。パーティーの異様な盛り上がりのせいか、この日僕はかなり舞い上がっていた。酒のイキオイもあってかテンションの高い僕の態度にみづきさんは「よしよし」といった感じで軽くいなしつつ、しっかり接客してくれる。その内容から、僕のブログはしっかりと読まれていることがあらためて判明し、うれしいやら恥ずかしいやらでさらにのぼせ上がる。
もうこうなったら奴隷志願して調教してもらうしかない!(←なぜだ ^^)と思って口説いてみたが、断られてしまった。 ですよね〜・・・
よゐこのマゾは真似しないように・・・
まずはお友達からですね。
[ 2009/06/10 10:36 ]
雑記 |
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CM(5)
足の踏み場もないほど混雑したフロアの真ん中には、あるのかないのかわからないような花道がこしらえられており、細い道のようだがそれはステージも兼ねているのだろう。怪しげなマスクを付けた人物がその花道で鞭を打ち始め、ショーはスタートした。
シェークスピアの仮面劇を思わせるような演出。芋を洗うようなステージの周りは観客と役者が一体となり心の距離感が取り払われる。ちょっとフェチな出し物が終わると、歌舞伎の引き抜きのような展開で仮面の人物が赤いコルセット姿に早変わりしてマイクを握りしめた。
朝霧リエその人だった。
「本日はたくさんの方々にお越しいただきまして、ありがとうございます」
SMクラブのイベントとしては、異色な部類に入るだろう。そもそもSMクラブとしての存在自体が異色とも言える
Domina School LaSiora の肝いりで行われたフェティッシュパーティー
Alice & Queen's Wonder Night Party に昨日行ってきた。
ちょうど1年前、ラシオラの摘発と
朝霧リエさんの逮捕 という衝撃的なニュースが流れ、多くのファンを悲しませた。世間的には散々叩かれ、朝霧さんも実名で一般紙に報道されてしまう。しかし、その後秘かに復活を果たしていた。謹慎的な意味あいもあったのかもしれない。その再スタートはしめやかに行われ、一端は離れたミストレス達も復帰し、ラシオラは見事に再起動していた。
この
イベント は形式的には
Baby Doll TOKYO というブティック主催のファッション・ショーであるが、モデルとしてキャスティングされているのは全てラシオラの女王様達(とその周辺のM男さん)
そしてこれは、事実上のラシオラ復活宣言でもあった。朝霧さんのオープニングの挨拶に、おそらくは彼女自身も感無量といった心境で述べたであろう感謝の言葉に、この日の顔見せ興行の自負と喜びがにじみ出ていたように思う。
朝霧さんは「幸せをいっぱいもらいました」と、少女のように言っていた。
気のせいか、涙ぐんでいるようにも見えた。
花道にズラリと並んだラシオラのドミナたち。それを暖かい視線で見つめる観衆。若い女性が多く、歌舞伎町のストリップ劇場で行われるSMイベントとは比較にならないほど上品だ。男性客の多くはラシオラの会員と思われる。初老の紳士や外国人。若い男もイケメンばかり。僕のような古いタイプのマゾヒストには、場違いな負い目をどうしても感じざるを得ない。
だが僕はなぜか愉快だった。純粋にラシオラの復活にお祝いの気持ちがこみ上げてくる。あんな事件はまるでなかったかのように、舞台上でところ狭しと無邪気に跳ね回っているドミナたちを見ていると、変なコンプレックスでいじけていた自分がアホらしくなってくる。
ふと隣にいる女性に若いイケメン男が突然アプローチしてきて、なにやら盛り上がっていた。そしておもむろに「仲間に入りませんか?」と彼女が話しかけてきた。そのなめらかさにちょっとびっくりしていると、「M男さんですか?」ときた。こういうイベント会場ならではの会話だろうが、絶句してしまった。
「はい、そうです!」 とは、言えなかった。
どう返していいものか戸惑っていると、
「こちらの人がぁ、M男になりたいんですって。何かいいアドバイスしてあげて下さい!」と、掲示板のカキコのように言う。
将来有望な20代の若者に、「いいマゾのなり方」をどう伝えればいい?
いやそれよりなにより、そんな方法がそもそもあるのかどうか知らんって。
(ていうかまぁ、そんなこと人に聞くなっちゅう〜の!)
プロ野球選手や飛行機のパイロットじゃあるまいし、将来の夢みたいにマゾのなり方を考えるなんて、いい時代になったものだと思う。
人間が何をなすべきか、なさざるべきなのかということを気に留めていてもしかたがない。したいことをすればいい。それが可能なことを楽しめればそれでいい。
ここに集まる人々は、SMというキーワードで結びついている。真性の人も興味だけの人も、妙な負い目や劣等感は全くなく、ごく自然にSMを楽しんでいる。なんだかそれが僕は嬉しかった。
不死鳥のように再生したラシオラもいつかはなくなってしまうのだろうか。今日会った人とは二度と会うことはないのかもしれない。この世は無常だと言う。常ならざるものは無い。
それでもはかない一瞬を楽しむことができるなら、それは幸福なことだと思う。
苦しみもあれば、楽しみもある。人生はまさに「苦痛と快楽」の繰り返し。
そういうことをしみじみと考えさせてくれる、いいパーティーだった。
どうでもいいか、そんなコト。
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[ 2009/06/07 12:23 ]
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